facebookで友人相手にこんな記事あげると、誰も付いて来てくれないと思うので、この記事は備忘録としてブログに書いておこうかと思います。
写真は先日会社の先輩よりお預かりした、セイコーマーベルのアンクルの写真です。
この時計、アンクル出爪の停止量が大きいため、調整を施す事にしました。
そもそも爪石の停止量ってのは、
第一停止は爪石衝撃面の幅の2/10程度、第二停止はその半分で、総停止量は3/10程度って言うのがテキスト上の理想値とされています。
※用語解説
衝撃面とは…
端的に言うと、爪石のルビーの長方形の短辺のこと
停止面とは…
端的に言うと、爪石のルビーの長方形の長辺のこと
第一停止とは…
入爪もしくは出爪、いずれかの爪からすっぽ抜けたガンギ車が、もう一方の爪石の停止面に接触する瞬間に当たる場所の事
第二停止とは…
第一停止の位置からガンギ車がゼンマイの力で回転し、引きの作用でさらに食い込んで行く事によって、アンクルとドテピンが接触し、アンクルの運動が停止した場所の事
総停止量とは…
第一停止と第二停止の和のこと
総停止の位置ではゼンマイがアンクルを押す力(引きの作用)やアンクル剣先と振り座の安全作用により、時計の針が進む事は有りません。
これを解除するにはテンプの振り石が戻って来て、アンクルを押し上げてやる必要が有ります。
つまり、総停止量が大きくなればなるほど、テンプがアンクルを戻すのに必要なエネルギーが大きくなり、テンプの運動エネルギーの損失が大きくなる=振り角低下=等時性の悪化に繋がるのです。
つまり、これは時計の精度にダイレクトに影響を与えますので、小さいにこした事は有りません。
ですが、第一停止、第二停止とも必要悪として存在しています。
第一停止はガンギ車の工作精度、およびアンクルのハコ、テンプの振り石のクリアランスの関係上存在します。
これが全くないと、ガンギの歯の寸法がばらついていた時に、第一停止の時にアンクルの衝撃面に爪石が当たってしまう、衝撃面停止という状態が発生します。
衝撃面停止…
衝撃面にガンギの歯が当たると、アンクルを押し上げようという作用が働きますが、テンプはアンクルを停止させようと、逆の方向に動いています。結果としてはアンクルはテンプの力に負け、押し上げられて停止位置に落ち着く訳ですが、テンプの運動エネルギーを大きく損なう事になります。
ガンギの工作精度以外にも、第一停止の状態で何らかの外的衝撃を受けると、アンクルのハコとテンプの振り石のクリアランスの関係で、衝撃面にガンギが移動してしまう事があり、このガタの事をハコ先あがきといい、第一停止量からハコ先あがきを引いた残りを停止安全量と言います。
第一停止はこの停止安全量が確保され、かつガンギの歯の加工精度のバラツキをカバー出来る範囲に調整されてあるのが理想と言われています。
第二停止は、第一停止の状態から、アンクルがガンギに押されて回転し、アンクルがドテピンや受けドテに止められるまでの量です。
第二停止の位置で何らかの外的衝撃を受けると、テンプの振り石のお腹の部分にアンクルのクワガタ(先端の開いている部分)が接触し、ガンギの衝撃面への落下を防ぎます。
この時のアンクルの可動範囲のガタの事をクワガタあがきと呼びます。
第二停止を過ぎて自由振動に入ると剣先、小ツバの作用によって振り切りや衝撃面落下を防ぎます(剣先あがき)。
実際の所、ガンギ車等の脱心機は工作精度が高いため、第一停止の量は衝撃面の2/10未満に調整されている物が多く、停止安全量まで考慮された物は少ないのではないかと思います。
停止安全量を確保しなくてはいけない時間は本当に極めて短時間であり、かつ、その時間も引きの作用によって、衝撃面ではなく停止面の方向に向かうように力が作用している事が理由であると考えています。
実際にETAのクロノメーター級の精度が出せる時計も、出荷時には停止安全量までは考慮されておらず、ギリギリで衝撃面停止を起こさない位置に調整されています(爪石幅の1/10程度の物が多かったです)。
受けドテ型の時計では、第二停止だけの直接操作は基本的には出来ません。
第二停止は爪石の食い合いを調整する事によって第一停止と総停止量を調整する事で、間接的に調整します。
例えば入爪の食い合いを浅くすると、入爪は総停止、第一停止いずれも小さくなります。第二停止量は変わりません。
この時、入爪の食い合いが小さくなると、ガンギ車は出爪への落下が早くなり、出爪の第一停止も小さくなります。
出爪の総停止量は変わらないので、出爪の第二停止量は増加することになります。
第一停止を詰めれば詰める程、相対的に未調整の爪石の方の第二停止が大きくなります。
この特性をふまえた上で、両方の爪石の第一停止、第二停止の量をちょうど良い案配にしてやります。
このバランスを入爪、出爪で均等にする事をアンクルの中心出しと言ったりもするようです。
近年の時計は前述の通り第一停止が小さく設定されている物が多いため、第一停止と第二停止はほぼ等量、もしくは第二停止の方が若干大きい時計が多いように思います。
とまぁ、長くなってしまいましたが、爪石調整の基礎はこんな所だったと思います。
この辺りの調整は目には見えない所ではありますが、誤作動防止と等時性確保のため、適切な調整が求められる所です。